お粥は病気のときだけじゃない!お粥研究家・鈴木かゆさんに聞く、「自分を整える」ための“煮るごはん”

「お粥=体調を崩したときに食べるもの」。
そんなイメージを持つ人は少なくないかもしれません。
けれど、ほんのひと握りのお米を水に入れて火にかけるだけで、鍋の中にふわっと広がる湯気や香りが、一日の始まりをやさしく整えてくれることがあります。
今回お話を伺ったのは、365日、毎朝お粥を炊き続けているお粥研究家・鈴木かゆさん。
コロナ禍をきっかけにお粥と出会い、やがて“煮るごはん”が暮らしの真ん中になったという鈴木さんに、お粥が持つ自由さとお米の奥深い魅力を聞きました。

お話を聞かせてくれた人
鈴木かゆ さん
(たぶん日本で唯一の)お粥研究家。料理研究家・文筆家・日常思想家。著書に『日本、台湾、韓国etc. ととのうお粥365日』(KADOKAWA、2024年)。お粥を通した食文化と暮らしの思想をテーマに、コラム執筆、レシピ開発、コンサルティングなど幅広く活動中。NHKあさイチ、読売新聞、ほぼ日 他出演。Yahoo!エキスパート/JAPAN MENSA会員。
お粥研究家・鈴木かゆさんが“お粥”に惹かれたワケとは?

おかゆは病気のときのごはん。そんな先入観を持っていたという鈴木さんが、おかゆと本格的に向き合いはじめたのは2020年、コロナ禍のさなかのこと。
外に出る機会も減り、静かな時間が増えたある日。手元にあったほんのひと握りのお米を鍋に入れ、水を足して火にかけてみたそうです。
しばらくすると、湯気をまとってふくらみ、鍋いっぱいに広がっていくおかゆの姿に、心の奥の張りつめたものが、すっとほどけていったといいます。
もともと食べることは大好きで、日々の楽しみでもあった鈴木さん。お粥を朝に選ぶのは、「その日の体調や気分を映す鏡になるから」だと言います。
前夜にいくつか候補を思い浮かべつつも、最終的に決めるのは朝の自分。欲している味が、その日必要な栄養へ自然とつながっていく感覚があるのだとか。
お米と水を入れてコトコト煮はじめると、湯気とともに気持ちが整っていく。“ただいま”っていう感覚があるんです。
作り続ける中で気づいたのは、お粥が“自由な料理”だということ。ご飯から煮る「入れ粥」と、生米から煮る「炊き粥」。火加減や水加減、器や添える具で、味も食感も無数に変わります。
正解がひとつじゃないのが、お粥の面白さ。米そのものの甘みや香りが際立つ瞬間があったり、具材と“化学反応”みたいに引き立て合ったり。気づけば、離れられなくなっていました。
お粥だからこそ感じる、お米の魅力とは?

やわらかく煮る。それだけでお米は、炊いたときとは別の表情を見せてくれます。 甘み・香り・ツヤ───。 お米の魅力ががいちばん際立つのが、“煮るごはん”=お粥だと、鈴木さんは言います。
お米から炊く“炊き粥”は、じっくり煮るほどにお米の甘みと香りがふわっと立って、 『これが同じお米?』って思うくらい味に奥行きが出るんです。 具材をたくさん入れるよりも、むしろ種類を絞った方が、お米と食材が引き立て合って、 化学反応みたいにおいしくなるんですよ。
たとえば、きのこと鶏肉のように組み合わせをシンプルにすると、それぞれのうまみとお米の香りが際立ちます。けれど、トマトなど酸味のある食材をさらに加えると、味のバランスが均一になって“中庸(ちゅうよう)”な印象になるのだそう。
お粥を作り続けるうちに、鈴木さんは“お米の個性”にも惹かれていきました。
一時期すごく“お米の品種沼”にハマったことがあって(笑)。 お粥って同じ作り方でも、お米が違うと全然仕上がりが違うんですよ。 甘みや香り、重湯(うわずみ)の照りまで変わるんです。
なかでもお気に入りは、北海道産の「ゆめぴりか」。 もち米のようなやわらかさと香りが特徴で、炊き上げるとお粥の表面がきらりと光るのだそう。
最近の“もっちり系”のお米は、お粥にぴったりですね。 とろみや艶がしっかり出て、お粥がより上品に仕上がります。 一方で、茶粥のようにさらりと仕上げたいときは、あっさり系の品種を選ぶとちょうどいいんです。
もっちり系の品種で炊くと、上澄みの“重湯”にまで旨みが広がるといいます。
ツヤっとした照りが出て、スプーンですくうと光を反射するような感じ。 その瞬間に“お米の生命力”みたいなものを感じるんです。
煮る時間や水加減、品種の選び方で、食感も味もまるで変わる。 自分の体調や気分に合わせて“今日の味”を探せるのも、お粥の奥深さなのです。
日本だけじゃない!世界中で愛される、多様な“煮るごはん”
毎朝お粥を炊きながら、“煮るごはん”の奥深さを探ってきた鈴木さん。 その興味は日本だけでなく、世界のさまざまなお粥文化にも広がっていきました。特にアジアの国々では、病気のときに限らず、日常の食卓に“煮るお米”が並びます。
お粥って、日本だけじゃなく世界中にあるんですよ。 どこの国でも“お米を煮て食べる”という文化があります。
まず鈴木さんが例に挙げたのは、中華粥。 味付けや出汁の違いよりも大きなポイントは、“油”だと話します。

中華粥って、最初にお米を炒めたり、煮るときに少し油を入れたりするんです。 そうすると乳化して、時間が経ってもとろみが崩れない。 お米と油の相性って実はすごく良くて、口当たりもクリーミーになります。
油を加えることで、栄養価が高くなり、冷めても味が変わりにくいのが中華粥の特徴。
「しっかり食べたい」「エネルギーをとりたい」そんなときに選ばれる料理として、
アジアの多くの地域で親しまれています。
アジアのお粥は、元気なときに食べる料理なんですよね。 病気のときだけじゃなくて、日常のごはんとして定着しているのがすごいなと思います。
そんな鈴木さんが、世界のお粥の中でも印象に残っていると語るのが台湾の“豆のお粥”。

夏の台湾で見たんですけど、豆のお粥がタピオカみたいなケースに入って、氷で売ってたんですよ。 もう“飲むお粥”みたいな感じで、しかもシャーベット状。 最初はびっくりしたけど、食べてみたらあずきバーみたいな甘さで。『お米を甘く、冷たく食べる』のもありなんだって思いました。

冷やして食べる、飲むように楽しむ、デザートとして味わう。そんな心踊るお粥文化が、アジアの街角には息づいています。
考えてみたら、日本にも『ぜんざい』や『おはぎ』があるじゃないですか。“お米を甘く食べる”って、実は昔からあった文化なんですよね。
お米を煮て、好みに合わせて形を変える。 その柔軟さこそが、“煮るごはん”が世界中で愛される理由なのかもしれません。
お粥がくれる、“整う時間”

日々の忙しさの中で、心も体も少し立ち止まりたいとき。
鈴木さんは、そんなときこそ「お粥を炊いてみてほしい」と話します。
お粥は、思ってるよりずっと自由なんですよ。 こうじゃなきゃいけないっていうルールはなくて。 鍋で作っても炊飯器でもいいし、水の量だってその日の気分で変えていいんです。 “そのときの自分”に合わせて作る、それがいちばん大事だと思ってます。
私も最初のころは、全然うまくできなかったんです。 ベチャッとしたり、芯が残ったり、もういろいろ(笑)。 でも、それも含めて“今日の自分の加減”を知る時間になるというか。 お粥って、“自分を整える練習”みたいなごはんなのかもしれませんね。
ゆっくりと煮えるお米の音、立ちのぼる湯気、 スプーンを入れた瞬間に広がるやさしい香り。 お粥は、そんな時間そのものを味わうごはんです。
毎日じゃなくてもいいんです。 週に一度でも、月に一度でも、なんなら年に一度でも。 “お粥の日”をつくってもらえたらうれしいです。 体の声を聞いたり、自分のリズムを整えたりするきっかけになると思います。
お粥は、いつでも自分に戻れる“煮るごはん”。
湯気の向こうに、今日のあなたがいるのかもしれません。
今日からはじめる、お粥生活。

ここからは、鈴木さんに教わる「お粥初心者でも簡単につくれるレシピ」をいくつかご紹介します。 “煮るごはん”ならではのやさしいおいしさを、少しずつ日常に取り入れてみましょう。
お粥初心者レシピ・その1:まずは「レトルト+ちょい足し」で
忙しい朝や疲れた夜には、レトルトのお粥にサラダチキン+ごま油を合わせてみて。鶏肉の旨味と香ばしさが加わって、シンプルなのに満足感たっぷりです。
レトルトのお粥も立派な“煮るごはん”。 ベースがあるだけで、自分好みにアレンジしやすいんです。

お粥初心者レシピ・その 2:茶碗蒸しをのせて、とろうまアレンジ
茶碗蒸しをそのままお粥にのせると、出汁と卵がとろりと混ざってやさしい“あんかけ風”に。あたたかくても冷たくてもおいしい万能アレンジです。
ちょっと見た目は地味なんですけど(笑)これが最高なんです。 あんかけみたいになって、ついリピートしちゃいます。
お粥初心者レシピ・その3:10分でできる「茶がゆ」
お米100gに対し、お湯1Lとお茶パック2つを入れて10〜12分煮るだけ。 さらりと軽い口あたりで、朝や夏場にもぴったり。
ほうじ茶が定番ですが、紅茶やルイボスティーでもいいんですよ。お茶の種類を変えるだけで、香りの世界が広がります。
お粥初心者レシピ・その4:お米から炊く「炊きがゆ」に挑戦!
じっくり火を通して、お米の甘みや香りを引き出す“炊きがゆ”。 土鍋でも、ステンレス鍋でもおいしく作れます。
水加減や火の通し方で、毎回少しずつ違う味に出会える。それが“煮るごはん”の面白さだと思います。
お粥は、その日の気分や体調を映す鏡のような料理。夜寝る前に「明日はどんなお粥にしようかな」と考える時間が、朝の自分を整えるきっかけにもなりますよ。
ぜひ一度、お試しあれ!
取材・執筆:蒲田おにぎりちゃん
お粥にもぴったりなお米の紹介
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ほんの少しのお米が“わーっ”と広がって、育てているみたいな手ごたえがあって。『ああ、これが幸せだ』って、気づいたら涙が出ていました。その日から毎朝作り続けています。