「自分で育てて、自分で食べる」が当たり前になったら、食卓はどう変わるだろう?|連載「今日のごはんを支える人たち」第3回・株式会社マイファーム西辻 一真さん

スーパーやコンビニに行けば、今日も当たり前のようにお米や野菜が並んでいる。
でも、その“当たり前”が、これからもずっと続くとは限らないのかもしれません。
気候の変化や人手不足、価格の高騰や物流のひっ迫──
見えないところで、日本の“食”を支える土台はいま、少しずつ揺れています。
それでも、毎日のごはんを届けようと力を尽くす人たちがいます。
田んぼや市場、学校の給食室、地域の食堂……。農家さんや流通、販売、調理、教育、そして地域をつなぐ人たち。
この連載では、そんな“ごはんを支える人たち”の声をたどりながら、これからの“食の未来”を、みんなで考えていきます。
「おいしい」をつなぐ手は、どこからどこへ渡っているのか。そして、私たちにできることはなんだろう。食の裏側と、そこにあるやさしい希望を描く対話ドキュメンタリーシリーズです。
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スーパーでお米や野菜を手に取るとき、それがどんな土で、誰の手で育てられたものなのか、想像することはあるでしょうか。
「自分でつくって、自分で食べる」───“自産自消”。この言葉を掲げ、体験農園や農業スクールを通じて誰もが農業と関われる社会を目指しているのが、株式会社マイファームです。
代表の西辻一真さんは、福井県で農家に囲まれて育ちました。友達の家には畑があるのに、自分の家にはない。その小さなコンプレックスから始まった野菜づくりへの情熱は、やがて「農家になりたい」という夢になります。
しかし同時に、使われなくなり荒れていく周囲の農地を、ただ見ているしかなかった。
農業をやりたい人がいるのに始められない。農地はあるのに使われない───
その矛盾を自分の手で変えようとした青年は、どのようにして「自産自消のできる社会」というビジョンにたどり着いたのか。事業の背景にある想いについて伺いました。
お話を聞かせてくれた人
西辻 一真さん
株式会社マイファーム代表取締役。福井県三国町生まれ。幼少期から家庭菜園や植物採集に親しみ、自然の中で育った経験が現在の「自産自消」という思想の原点となっている。京都大学農学部卒業後、一度は民間企業へ就職するも、日本の農業が抱える高齢化や耕作放棄地の増加に危機感を抱き、2007年に株式会社マイファームを設立。市民農園や農業スクールの運営、流通事業、コンサルティング事業などを通じて、人と農、さらに人と自然をつなぐ仕組みづくりに取り組む。農業を起点にした新しい社会づくりを掲げ、次世代へと続く持続可能な社会の実現をめざしている。

原点は、幼少期の「農家になりたい!」という気持ち
───西辻さんが農業に深く携わるようになった原点には、幼い頃の体験があったそうですね。

───素敵な原体験ですね!
ただ一方で、周りの農地が少しずつ使われなくなっていく現実も目の当たりにしていました。
自分はこんなに農作業が好きで、将来は農家になりたい!とまで思っているのに、地域の田畑は荒れていく。その風景を見ながら、農業はさまざまな問題を抱えているんじゃないかと考えるようになったんです。
───そうした思いもあって、大学では農学部に進学されたんですか?
はい。大学では大豆の品種改良に携わっていました。ただ、大量生産を前提とした研究のあり方がしっくりこなくて。
私が農業に惹かれた原点は、子どもの頃の環境や家庭菜園で感じた”育てる楽しさ”そのものにありました。だからこそ、「農業や自然に直接触れる体験を大切にしたい」という思いがずっとあったのだと思います。
その後、会社勤めも経験しましたが、「農家になりたい」という気持ちは消えるどころかどんどん強くなって、会社を辞めて就農を目指すことにしたんです。
農地を“農家だけのもの”にしない。畑を貸し出す仕組みづくり
───就農への道は、スムーズに進みましたか?
それが、なかなかうまくいかなかったんです。2000年代当時は、今のように“新規就農”という言葉も一般的ではなく、農地を借りることすら難しい状況でした。教えてくれる人も少なく、学校や支援制度も整っていなかった。
農協に相談したり、いろんなところを当たってはみたんですが、「どこの誰かもわからない若者に、いきなり農家になりたいと言われても……」という空気感は正直ありましたね。

───農業をやりたい気持ちがあっても、入口がなかったんですね。
そうなんです。しかも、仮に農地を借りられたとしても、野菜を作って販売するだけでは収入面での安定が難しいという現実も見えてきました。
一方で、農家の高齢化や耕作放棄地の問題は深刻化していました。特に地方の山間部では離農する人が増え、使われなくなる農地がどんどん広がっていて。「こんなに農地があるのにもったいない」と強く感じていたんです。
───農業をやりたい人がいるのに始められず、農地はどんどん余っていく……。矛盾した状況だったわけですね。
まさにそうです。 農地を“農家だけのもの”にするのではなく、もっと多くの人が関われる場所にできないだろうか。空いている農地を借りて、「野菜を作ってみたい」と思っている人たちに貸し出す仕組みをつくれないだろうか。
そんな考えから着想を得たサービスが、野菜づくりを通じて自産自消のある暮らしを楽しめる貸し農園、『体験農園マイファーム』です。

農地は本来、何かを育てて初めて価値が生まれる場所。使われないまま放置されれば、荒れていく一方です。でも私のように「農業をやってみたい!」と思っている人もいる。この両者をつなげることこそ、農業が抱える課題解決につながると考えました。
『体験農園マイファーム』を立ち上げた背景には、まさに私自身が就農で感じた葛藤や課題感が大きく影響していますね。
“自産自消”に込める想い。人も自然に育てられている。
───その上で、改めてマイファームさんが大切にされている「自産自消」とはどんな考え方なのか教えてください。
シンプルに「自分たちでつくり、自分たちで食べてみる」ということを意味しているのですが、単に食べ物を自分で用意するという話ではなくて、その過程で“自然とつながる”ことを大切にしています。

野菜を育てていると、自然に触れるおもしろさを知り、自然とともに生きることの素晴らしさを実感できるようになる。自分で育てたものを食べると、自然への感謝の気持ちも芽生えてくる。
その先にあるのは、「人も自然に育てられているんだ」という気づきだと思っています。
あえて“自給自足”ではなく“自産自消”という言葉を使っているのも、そこに理由があります。自給自足というと、一人で完結する営みのイメージが強いですよね。でも私たちが目指しているのは、「農業を通じて、その背景にある自然や社会とつながっていくこと」なんです。
───「自産自消」には、暮らしや価値観そのものを変えていく力もありそうですね。
そう思います。実際に野菜を育ててみると、「こんなに大変なんだ」と初めて実感するんですよ。天気に左右されるし、草も生えるし、虫も来る。思うようには育たないという現実を知るわけです。
そういう体験をすると、自然と農家さんへの見方が変わっていきます。スーパーで野菜を手に取るときにも、「これはどこで、誰が育てたものなんだろう」と想像するようになる。毎日の食べ物の選び方が、少しずつ変わっていくんですよね。
それから、土に触れること自体が人にとってすごく大事なことなんじゃないかとも感じています。今はどうしても、パソコンやスマホに向かう時間が長いじゃないですか。
そんな日常の中で、土を触り、風を感じながら野菜を育てる時間は、「自分も自然の一部なんだ」と思い出させてくれる。その感覚は、人が人間らしく生きる上で大きな意味があると考えています。
───実際に体験農園を利用されている方からは、どんな声がありますか?
現在、体験農園は全国に120か所ほどあるんですが、利用者は退職後の60代の方が中心で、最近は30〜40代の子育て世代にも広がってきています。

よく聞くのは、「農家さんってすごいんだな」という声ですね。自分でやってみて初めて、その大変さが身に染みてわかるんだと思います。でもそれと同時に、「畑に来ると気持ちいい!」と、みなさん本当に晴れやかな表情をされているんですよ。
都会で暮らしていると、土に触れる機会すらなかなかありませんよね。それが農園に通ううちに、季節の移り変わりを感じたり、野菜の成長を見守ったりすることで、気持ちにも余裕が生まれるという声はよく聞きますね。
農業を学び、「こんな生き方もあるんだ」と知る豊かさ

───マイファームでは、体験農園のほかにも、農業スクール「アグリイノベーション大学校」の運営や農産物の流通、自治体・企業との連携など、非常に幅広い事業を展開されていますよね。なぜここまで多面的に広げているのでしょうか。
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私たちが描いているビジョンは、「自産自消のできる社会をつくること」なんです。
体験農園で野菜づくりを始めた方が「もっと本格的に学びたい」と思えば、学ぶ場が必要になる。実際に農家として独立すれば、今度は販路が必要になる。自治体や企業が農業を通じた新しい取り組みをしたいと考えたときには、一緒に事業を構想するパートナーも必要になります。
農との関わり方は、人によってまったく違うんですよね。だからこそ、それぞれの立場に合った接点を増やしていきたい。その一つひとつの積み重ねが、自産自消のできる社会への第一歩だと考えています。
───なるほど。一つの入口だけではなく、さまざまな段階や立場に応じた接点をつくっているんですね。そのなかでも、アグリイノベーション大学校で本格的に学ぶ方が増えていると聞きました。
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アグリイノベーション大学校は、オンラインでの座学に加えて、関東や関西にある農場で実際に手を動かす実習を行う社会人向けの農業スクールです。これまでに2,600名以上の方が学んでいます。
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そこで印象的なのは、農業とはまったく関係のない仕事をしている方が、学びを通じて「こんな生き方もあるんだ」と気づくことなんですよね。
本格的に就農される方もいますが、それだけではなくて、暮らしの中に農業のエッセンスを取り入れて楽しむ方もたくさんいます。100%農業の人生でなくても、暮らしの中に少し取り入れるだけで、生き方への価値観は大きく変わっていくのだと思いますね。
難しく考えず、まずは土に触れてみる
───西辻さんは、これからの日本の農業をどのように捉えているのでしょうか?
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日本の農業は、いま大きな曲がり角に立っていると感じています。
農業法人の倒産件数は過去最多、耕作放棄地も増え続けていますが、私はこの状況を「衰退」とは捉えておらず、「人と農の距離が離れすぎた結果がいま噴き出している」と考えています。
かつて農は、生きるための営みそのものでした。
それが時代とともに生活から切り離され、いつの間にか「誰か他の人がやってくれるもの」になってしまった結果であり、後継者不足の本質は、農家さんの数の問題だけではなく社会全体の「農業関係人口」が減ってしまったことにあるのではないかと思っています。
私はこれからの日本の農業を、「生産者だけが担うもの」ではなく、「生活者みんなで支えるもの」へと変えていきたいと考えていて、耕作放棄地を貸し農園として再生し、農業学校で次世代の担い手を育て、農業法人の経営再生にも取り組むというような「人と農の距離をもう一度近づける」ための取り組みとしたいと思っています。
100年先の地球を見据えたとき、農業はもっと開かれた営みになっていくはずですし、私たちはそこに賭けています。
───最後に、マイファームがめざす「自産自消が当たり前になる社会」に向けて、私たちにできることを教えてください。
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難しく考える必要はまったくなくて、まずは「土に触れてみる」、ここから始めてみるのがいいと思います。
ベランダのプランターでミニトマトを一株育てるだけでもよくて、種を蒔いて、芽が出て、花が咲き、実がなるプロセスを自分の手で体験すると、スーパーに並んでいる野菜の見え方が驚くほど変わります。
「ああ、これだけの時間と手間がかかってここにあるんだ」と。
その気づきの一粒が、自産自消の社会の原点で、農業関係人口の入り口だと思います。
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取材中、西辻さんがさらりと口にした「人も自然に育てられている」という言葉が、ずっと頭に残っています。
私たちは普段、食べ物を「選ぶ側」にいると思っています。スーパーで手に取り、値段を見て、買うかどうかを決める。でも本当は、その野菜が育つまでの時間も、土も、天気も、誰かの手も、何ひとつ自分ではコントロールできないものばかりです。
「食べ物を選んでいる」つもりで、実はあらゆる人や自然に支えられて「いただいている」——。そう気づいたとき、日々のごはんの輪郭が少しだけ変わって見えました。
自産自消とは、農業の話であると同時に、その「いただく」という感覚を自分の手で取り戻すことなのかもしれない。そんなことを思わずにはいられないインタビューでした。
ソラミドごはんでお取扱中のお米
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私は福井県の出身で、子どもの頃から周囲には農家がとても多い環境で育ちました。友達の家も農家ばかりで、畑や田んぼが当たり前のようにある。
ただ、うちはサラリーマン家庭だったので、「みんなの家には畑があるのに、うちにはない」と、ちょっとしたコンプレックスのようなものがあったんです。
そんなときに母が「じゃあ家庭菜園をやってみよう」と言ってくれて、一緒に大根などの野菜を育て始めました。自分で植えたものが日に日に育っていくのが本当に楽しくて、そこからどんどん夢中になっていきましたね。