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スーパーに米や野菜が並ぶ日は、いつまで続くのだろう?連載「今日のごはんを支える人たち」第1回三重大学・関谷先生

    スーパーやコンビニに行けば、今日も当たり前のようにお米や野菜が並んでいる。
    でも、その“当たり前”が、これからもずっと続くとは限らないのかもしれません。

    気候の変化や人手不足、価格の高騰や物流のひっ迫──
    見えないところで、日本の“食”を支える土台はいま、少しずつ揺れています。

    それでも、毎日のごはんを届けようと力を尽くす人たちがいます。
    田んぼや市場、学校の給食室、地域の食堂……。農家さんや流通、販売、調理、教育、そして地域をつなぐ人たち。

    この連載では、そんな“ごはんを支える人たち”の声をたどりながら、これからの“食の未来”を、みんなで考えていきます。
    「おいしい」をつなぐ手は、どこからどこへ渡っているのか。そして、私たちにできることはなんだろう。
    食の裏側と、そこにあるやさしい希望を描く対話ドキュメンタリーシリーズです。

    ***

    第1回目にお話を伺ったのは、三重大学大学院・生物資源学研究科の関谷信人教授です。

    関谷先生は、化学肥料に頼らず、気候変動のなかでも持続可能な作物の生産技術を研究しています。その活動は日本国内にとどまらず、国際協力機構(JICA)の専門家としてタンザニアに赴任し、現地の農業政策づくりや技術普及にも携わってきました。

    地球温暖化の進行や肥料価格の高騰、食料価格の上昇──いま、農業を取り巻く環境は大きく揺れています。そんな状況に強い危機感を抱く関谷先生は、こう語ります。

    「今の社会では、都市で暮らす人が多く、スーパーやコンビニに行けば野菜やお米が並んでいることを“当たり前”だと感じてしまう。どんなに暑くても、どんなに雨が降っても、スマホひとつで食べ物が届くものだと思ってしまうんです。

    でもその裏では、毎日田んぼや畑に立ち、作物を育てている農家さんたちがいます。これからも“当たり前の食卓”を守っていくためには、いまこそ『みんなで、自分たちの“食”を考える』ときに来ているのだと思います」

    関谷先生は、日々田んぼに足を運び、地域の農家さんとのつながりを大切にしています。

    これからの農業にどんな可能性を見ているのか。私たちの“食”が抱える課題、そして一人ひとりにできることについて、お話を伺いました。

    お話を聞かせてくれた人

    関谷信人 教授

    三重大学大学院生物資源学研究科教授。作物学者。植物生理の解明からコメの食味評価まで、作物に関する幅広い事象を研究する。近年では、土壌学、微生物学、食品化学、経済学を融合した境界領域にも果敢に挑戦。海外協力隊やJICA技術力専門家として長年アフリカ農業にも関わる。Think Globally Act Locallyをモットーに地域の課題を考察し世界へ発信する研究と教育を実践。

    “食の当たり前”を支える人たちを、想像したことありますか?

    ソラミドごはんでお取り扱い中の「ピカツンタ」を生産する「農好社」さんの田んぼ

    ───いま日本が直面している「食」の問題について、先生はどんなふうに感じていますか?

    関谷先生

    うーん……そうですね。あまり大げさなことは言いたくないんですけど、正直、今の農業はかなり厳しい状況にあると思います。

    でも、ただ「大変だ」と言って終わらせるんじゃなくて、現実をちゃんと見て、一緒に考えて、話をしていくこと。そういう小さな積み重ねが必要なんじゃないかなと思うんです。

    ───なるほど、ぜひ詳しく伺いたいです。

    関谷先生

    みなさんは、自分が毎日食べている“ごはん”のこと、どれくらい知っているでしょう。

    多分、スーパーで買うとか、外で食べるとか、そのくらいの関わり方が多いんじゃないでしょうか。

    それも仕方ないことなんですよね。いまの日本では、人口のほとんどが都市部に集まっていて、農家さんに直接会ったことがない人も多い。家の周りに田んぼや畑がないという人も珍しくありません。

    でもね、ほんの60年くらい前までは違ったんですよ。誰かしら身近に農業をしている人がいて、実家が農家だったり、おじいちゃんおばあちゃんが米を作っていたり。 “食”と生活の距離が、もっとずっと近かったんです。

    ところが高度経済成長のころに、多くの人が都会に出てサラリーマンになって。次の世代になると、もう“実家もサラリーマン、田舎もない”という人が増えていきました。最近では「農家なんてテレビでしか見たことがない」なんて人も、珍しくなくなってきた。

    そうなると、“お米はスーパーに行けばいつでもあるもの”だと思ってしまう。その裏では、毎日汗を流して作っている人たちがいることが、だんだん見えなくなってしまっているんです。

    ───農業の現場と消費者との間に、距離ができてしまっているんですね。それによってどのような影響がでてきているのでしょうか。

    関谷先生

    社会から、農業への理解がどんどん得られにくくなってくるんですね。

    たとえば、有機農業をやるには堆肥が必要です。家畜の糞尿ですね。
    日本ではそれが余るほどあるのに、多くは廃棄されてしまっている。もったいない話ですよね。
    「じゃあ田んぼに運べばいいじゃないか」と言われそうですが、堆肥を運ぶのにもお金がかかるんです。

    そうすると「誰が運ぶのか?」というところで止まってしまう。
    ビジネスにしようと試算しても、採算が合わない。結局、公的な支援が必要になってくるわけです。

    でも、普段そうした「食の裏側」に触れることのない人からは、「そんなことに税金を使うの?」という声が上がることもある。

    お米づくりに欠かせない水路も、同じです。
    全長が何十キロ、何百キロにも及ぶこともあり、ひとたび詰まってしまうとお米が作れません。田んぼが大規模になるほど、整備の負担も重くなります。

    「それを農家だけで担えるのか?」という問題に、直面するわけです。

    知り合いの農家さんは、地域の人たちに協力してもらうため、祭りやイベントを開き、水路掃除を“みんなの仕事”として一緒にやっているそうです。そうでなければ手が回らず、田んぼが機能しないからです。

    ───毎日ごはんを食べているにも関わらず、農業を自分ごととして捉えにくくなってしまうんですね。

    関谷先生

    昔は、農業の大変さを肌で感じていたと思うんです。だから「みんなで支えよう」「手伝おう」っていう空気が自然とあった。

    でも今は、「そんなものに税金を使うのはどうなんだ」といった声もあって、補助金が削られ、農業だけでは食べていけない。儲からないから誰もやりたがらない。そんな悪循環が続いてしまっているのが現状です。

    農業って、商売であると同時に、社会のインフラでもあるんですよ。
    だから僕は、公務員のような仕組みにして、税金で支えるのもひとつの方法だと思っています。

    でも、それを納税者のみなさんがどう受け止めるか。

    「農家だけの問題」ではなく、「みんなで食べるお米なんだから、みんなで作っていこう」という意識が広がらないと、持続可能な農業は難しいように感じています。

    ───たしかに、農家さんの問題ではなく「私たちの問題」として認識していかなければならないですね。

    関谷先生

    そしてもうひとつ。私は農業が、「やってみたい仕事」になっていかないといけないと思うんです。

    担い手が足りない大きな理由のひとつは、やっぱり収入の低さです。
    今の日本では「農業だけでは食べていけない」という現実がある。

    今はまだ、家を継ぐから仕方なく、という人も少なくありません。誰かがやらなきゃいけないから続けている。
    そんな状況では、若い人たちが新しく入ってくるのは難しいですよね。

    今、米農家がどんどん大規模化しているのは、田んぼの面積を広げれば補助金がもらえる仕組みだからなんです。でも、本来はそうじゃなくて。農家さんは、私たちみんなの“生きる糧”をつくってくれている大切な存在です。田んぼが大きくても小さくても、きちんと暮らしていける社会にしていくことが大事だと思います。

    たとえば、就職先や転職先を考えるときに「農業」も選択肢に入ってくるような社会。
    収入的にも「来月から農業をやってみようかな」って気軽に思えるようになれば、もっと可能性は広がるんじゃないかなと思いますね。

    暑すぎる夏、作物たちの悲鳴が聞こえる

    ───農業の課題は、温暖化の影響もやはり大きいのでしょうか。

    関谷先生

    そうですね。最近は、野菜の価格が高騰しているのも深刻な問題です。

    暑すぎる気温、厳しい日差し、雨の少ない日々の中で、田んぼも畑も干からびてしまう。
    今はハウスやガラス室で育てる野菜が多くなっていますが、真夏にはハウス内が50度近くになることもあります。

    そんな環境では、作業する人にとっても過酷ですし、生産量もぐっと下がってしまう。
    毎年のように酷暑が続けば、価格が上がるどころか、そもそも野菜が育たず、供給できなくなる可能性だってあります。

    そうなれば、クーラーをつけた室内で水耕栽培をするスタイルが“当たり前”になっていくかもしれません。

    ───なんだかとても近未来的ですね。

    関谷先生

    けれどそれは、ものすごくエネルギーを使う農業です。電力なしでは成り立たない。もしそれが当たり前になったら、誰も違和感を覚えなくなるのかもしれませんが、でも、そこで立ち止まって考えたいんです。「安心安全って、なんだろう?」と。

    「太陽の光を浴びて、土の養分や微生物の中で育つ野菜」が体にいいとされてきましたよね。では、クーラーの効いた室内で育てられた野菜は、本当に“安心安全”と言えるのか。そんな問いが生まれても、おかしくないと思うんです。

    いま“安心安全な食品”と聞くと、多くの人は農薬を使わず、ウイルスや菌を完全にコントロールした清潔な環境を思い浮かべるかもしれません。確かに衛生的かもしれませんが、それが本当に“人の体をつくる上で安全なのかどうか”は、わからない。

    もっと極端にいえば、「サプリの方が安全だから、野菜はいらない」となる時代が来るかもしれません。栄養はサプリで管理すればいい。そう考える人も増えるかもしれない。

    ───たしかに……。

    関谷先生

    でも、それで本当にいいのかな、と思うんです。

    “食べる”って、栄養を摂ることだけじゃない。それは、暮らしであり、生き方でもあると思うんです。

    「今日もごはんが、おいしいね」って言い合える。その時間こそが、生きる喜びなんですよね。けれど、このままでは”食べる喜び”そのものが失われてしまうかもしれない。そんな危機感を、持たなきゃいけないと思うんです。

    今は、宅配サービスが当たり前になりました。野菜が育たなくなるほどの真夏の暑い日に、涼しい部屋からスマホひとつで注文して、家まで届けてもらう。とても便利だけれど、どこか不思議な構造ですよね。

    今この瞬間はそれで良くても、10年、20年後、次の世代の子どもたちはどうだろう。彼らが大人になる頃、今のような“豊かで便利な食卓”が本当に残っているだろうか。

    ……いま、私たちはそのことを真剣に考えなければならない時期に来ていると思うんです。

    “いただきます”の意味をもう一度考える

    ───持続可能な農業の仕組みを構築するために、関谷先生はどんなことが必要だと考えますか?

    関谷先生

    まずは、教育ですね。小学校教育に「農業」をきちんと取り入れていくことが、一番大事だと思います。

    農業の課題も一時的なブームやメディアの報道で注目が集まることはあります。でも、それは波のように過ぎ去ってしまう。結局、日常の中に根づかせるには、制度として教育の一部にしていくことが確実なんです。

    子どものうちに「食べものがどこから来るのか」を肌で知ること。泥のにおいを感じたり、芽が出る喜びを見たり。農家さんから直接話を聞いたり、農業の仕組みを知ったり。そういう体験があるだけで、農業を“自分ごと”として感じる感覚はまるで違ってきます。

    農家でなくても、「あ、これって自分たちの暮らしとつながっているんだ」と気づけるんですよね。そうすれば、将来もっと多くの人が農業のことを語り合える社会になると思うんです。

    ───今まさに、大事な視点かもしれません。

    関谷先生

    海外では、小学校で農業を教える国がたくさんあります。
    イギリスやアメリカ、韓国、アジア諸国、アフリカなどでもそうです。途上国の場合は「家が農家だから自然に身につく」という背景がありますが、先進国ではもう少し意識的に「安全保障の一環」として教えているんです。

    日本の食料自給率は30%台と言われていますが、実際はもっと低いと見る専門家もいます。
    日本で食べている作物の種の多くは海外から輸入されていますし、豚や牛など家畜の飼料も、ほぼすべて輸入に頼っています。そう考えると、自給率はほぼゼロに近いという見方もある。それはやっぱり、少し怖いことですよね。

    一方、食料自給率が50〜60%ほどあるスイスでは、2018年に「食の安全保障の大切さ」を憲法に盛り込む改正案が国民投票で可決されました。

    有事の際には国が必要な物資を供給すること、農業の持続的な発展を支えること、そしてフェアトレードを重視すること──そんな内容が書き込まれています。つまり、「食料が止まったとき、国民はどう生きていけるのか」という視点ですね。

    国民投票では賛成した人が8割近くもいたんです。それだけ国民一人ひとりが「食を守ることの大切さ」を理解しているんですよね。

    日本でも自衛隊や防衛のあり方についてはたびたび憲法改正の議論が起こりますよね。
    同じように、「食の安全をどう守るか」も、国全体で話し合うべき大事なテーマだと思うんです。それが、未来への備えであり、暮らしをつないでいく“教育”なんだと思います。

    「食」を学び、語り合う。小さな会話が社会を動かす

    ───今日から、私たち一人ひとりができることはあるのでしょうか。

    関谷先生

    まずは、一人ひとりが“食”のことを、少しでも正しく知ることじゃないでしょうか。そして、身近な人とおしゃべりをしてみる。その積み重ねが、きっと社会を変えていくと思うんです。

    たとえばこの記事を読んで、“へぇ、そんなことがあるんだ”と少しでも思ったら「こんなことを言っていた先生がいたよ」とか、「温暖化で農業が大変なんだって」とか、気軽に話題にしてもらえたらうれしいですね。そうやって会話の中で「それってどういうこと?」「じゃあ、どうすればいいんだろう?」と問いが生まれていく。

    そういうやり取りが、いちばん大事なんですよ。

    ───それなら、すぐにでも始められそうですね。

    関谷先生

    ただ、そのときに気をつけたいのは、“正しい知識”を持つということ。
    いまはSNSでも、フェイクニュースや極端な情報がたくさん流れています。農業の世界も例外ではなくて、不安をあおるような話をそのまま信じてしまうのは、やっぱり危険です。

    多くの人が“食”について、まだまだ知らないことが多いと思うんです。

    自分が食べているお米が、どこで、誰が、どんなふうに作っているのか。
    有機栽培と自然栽培って、どう違うんだろう。
    スーパーやコンビニに並ぶ食べ物は、誰が支えてくれているんだろう。

    そんなことを語れる人って、案外少ないんですよね。

    とはいえ、「正しい知識がないと話してはいけない」ということではありません。
    いろんな人と会話をしていく中で、違う考えに出会ったり、少し意見がぶつかったりする。そこから「なぜそう思うんだろう」と考え合うことが、何より大切だと思うんです。

    ───少しずつ、みんなで学び合う姿勢が必要ですね。

    関谷先生

    食は、暮らしや生き方と深く結びついています。

    だからこそ、他人の意見をただ信じるのではなく、自分なりに学び、考え、語り合うこと。友達との会話が、家族へ、同僚へ、また別の誰かへと広がっていく。そんな小さな連鎖が、きっと社会を少しずつ動かしていくんだと思います。

    私自身も、そんな“学び合い”の輪を、みなさんと一緒につくっていけたらと思っています。

    連載「今日のごはんを支える人たち」第1回・関谷先生に取材してみて

    食べることは、生きること。 私たちの体は、昨日までに食べてきた食材でできています。

    そんな命を支える食材について、私たちはどれだけ知っているだろう?
    その裏にある生産や流通の仕組みは?
    もし明日、スーパーマーケットやコンビニの棚から食材が消え、どこへ行っても食べ物が手に入らなくなったら……。

    先生はインタビュー中、「少し想像してみてほしい」と真剣な眼差しで語ってくれました。

    今の日本社会では、食品ロスを減らすために必要な分だけを買うことを意識したり、家計の節約を考えたりはする。けれど、「そもそも食材が手に入らなくなる」ような事態を、現実として想像することはほとんどないのかもしれません。

    それでも私たちは、自分の手で作らずとも、毎日安心で安全な食材を好きなだけ手に入れ、食べることができています。買う人がいるから、売る人がいる。単なる商売といえばそれまでかもしれません。けれど「食べ物がなければ生きることさえできない」という意味で、食材は“商品”という言葉だけでは片づけられない存在なのです。

    先生は「食料供給は、医療と同じように命を支える大切な仕組み」と語ります。

    だからこそ、安さだけを求めるのではなく、その裏にある人の手や時間、自然の営みに目を向けたい。そんなことを、改めて感じずにはいられないインタビューでした。



    取材・執筆: 貝津美里

    ソラミドごはんでお取扱中のお米

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