読みもの
あの日のごはん帖#03「はじめての暖簾の向こうで」

誰の心にもある「記憶にのこる味」。
水彩画家・nawが、水彩画とともにその思い出を綴ります。
ほっと心がほどけるような、懐かしいごはんの物語をお届けします。
ひとり、訪れたお店で
ひとりで、ふらっと入った和食のお店「こいさん食堂」。
はじめての場所は、いつだって少し緊張する。
扉を開けるときの、あの一瞬のためらい。
席についても、どこか背筋が伸びたまま。
何を頼もうか迷いながら、
目に留まったのが「漬け丼」だった。
注文すると、
「いまから漬けますね」と、やさしい声。
その日仕入れたばかりの魚を、
注文が入ってから、丁寧に漬けてくれるという。
そのひとことに、
胸の奥がふわりとあたたかくなった。
目の前で生まれる、ひとさら
つやつやに炊き上がった白いごはんの上に、
ぷりぷりと厚みのある魚が、
まろやかな漬けだれをまとって並べられていく。
照りを帯びた身が、 光をやわらかく反射している。
ほんのり甘みのあるたれが、
ごはんにしみていく。
口に運ぶと、魚の弾力と、やさしい味わいが広がった。
頼んでから漬けてもらえることが、
どうしてあんなにうれしかったのだろう。
きっとそれは、
自分のために、いまこの瞬間につくられている、
という実感だったのかもしれない。
気がつけば、
緊張で伸びていた背筋も、すっかりゆるんでいた。

naw
水彩画家
福井県在住の水彩画家。
おいしく、たのしく、ゆるやかに水彩画を描いています。
視覚に障がいを持つ私だからこそ見える世界と色彩を、そっとおすそ分けできたらと思っています。
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