奇跡のお米「富富富(ふふふ)」の誕生ものがたり─“ふふふ”と笑顔がこぼれるお米とは?─

地球温暖化がお米作りに深刻な影響を与えるなか、富山県で生まれたブランド米「富富富(ふふふ)」が注目を集めています。このお米は、ただおいしいだけでなく、暑さに強く育てやすいという生産者の願いも叶えた「奇跡のお米」です。その開発の裏には、富山県の農業を支える研究者の長年に及ぶ努力と情熱がありました。
今回は、「富富富」開発に深く携わった富山県農林水産総合技術センターの村田和優さんに、その誕生秘話やおいしさの理由などについて詳しくお伺いました。
「富富富」についてお話を聞かせてくれた人
村田和優さん
農学博士。富山県農林水産総合技術センター・農業研究所育種課課長。神戸大学大学院を卒業後、農林水産先端技術研究所の特別研究員として務める。その後、富山県農林水産総合技術センターに移り、米の遺伝子研究を進めるなかで「イネ高温登熟性遺伝子Apq1」を特定し、「富富富」の開発に大きく寄与する。
奇跡のお米「富富富(ふふふ)」はなぜ誕生した?

稲や麦、大豆といった私たちの主食となる穀物の品種開発や、気候変動や病害虫にも対応できる栽培技術を研究している富山県農林水産総合技術センター。村田さんはここで、「稲の育種研究(※1)」に携わっています。
それまで研究員として勤めていた、筑波市の農林水産先端技術研究所から、村田さんがこのセンターに移ったのは2001年。その頃、富山県の米農家は、猛暑によるお米の品質低下という深刻な問題に直面していました。
そもそもこの地域は、立山連峰の雪解け水が流れ込む肥沃な土地に恵まれ稲作に適した条件が揃っていましたが、フェーン現象(※2)の頻発等による夏の暑さがお米の品質を著しく低下させていたのです。
※1育種研究:遺伝的特性を改良・選抜し、より望ましい性質を持つ品種を開発する研究
※2フェーン現象:山を越えて吹き下ろす風が乾燥することで気温が上昇する現象
村田さん:
「2000年から2002年までの3年間、夏の高温によりお米の品質が低下しました。富山県では、暑さに弱く品質が落ちやすい性質を持つコシヒカリを生産する農家が多かったため、『暑さに強いコシヒカリを開発してほしい』という要望が多く寄せられたんです。品質が落ちると農家の収入は減り、死活問題です。私たちには、いち早く対策に取り組む必要がありました」
この危機感から、「暑さに強いコシヒカリ」の開発が、富山県を挙げての一大プロジェクトとしてスタートします。そこで、富山県農林水産総合技術センターが中心となり、県内各地の農林振興センターや食品研究者、実証栽培を行う農家などが開発チームを結成し、新たな品種開発に着手。ですが、「富富富」誕生までには、そこから15年という気の遠くなるような歳月を要したそうです。
開発チームがめざした新品種の特徴とは?
村田さん:
「新たな品種には、次の3つの要素が欠かせませんでした。1つ目は、暑さに強いこと。2つ目は、稲の背丈が低く倒れにくいこと。そして3つ目は、病気に強いことです。
このうち、背丈が低い稲の遺伝子と、病気に強い稲の遺伝子については、過去からの研究で、すでに多くの情報がありました。ですが当時、『暑さに強い遺伝子』だけがまだ発見されていなかったんです。私たちは、その遺伝子を発見するところから取り掛かりました」
その後、開発チームは日本だけではなく、世界中のお米にも目を向けます。そして10年の時を費やし、ようやく「暑さに強い遺伝子」に辿り着きます。
村田さん:
「その遺伝子を持つお米は、インドのインディカ米だったんです。インディカ米が持つ、暑さに強い遺伝子『Apq1』を世界で初めて特定したことが大きな前進となりました。『Apq1』と、背丈が低い稲の遺伝子、病気に強い遺伝子をコシヒカリに導入する交配を繰り返し、ようやく新たな品種『富富富』が誕生しました」
村田さんたちが発見した「イネ高温登熟性遺伝子Apq1」は、その後、日本だけではなく海外からも注目を集めます。気候変動という地球規模の難問に立ち向かう、これからの農業においての新たな一歩として、現在もなお、非常に高い評価を得ています。
長年の研究成果が導いた嬉しい誤算⁉

「富富富」は稲の背丈が低いため、台風や大雨などの影響を受けにくく、安定した収穫量や品質を確保することができます。さらに、収量低下につながる「いもち病」にも強いため、農薬の使用量を減らすことができ、環境にも優しく安心・安全なお米です。
このように、「コシヒカリの弱点を克服した新品種」として誕生した「富富富」ですが、その味については、当初、コシヒカリと同等になると想定していたそうです。しかし、実際に栽培してみると、予想を上回る嬉しい誤算があったと言います。
村田さん:
「収穫したお米を調べたところ、糖の成分がとても豊富だとわかったんです。そのおかげで、甘みや旨みの数値が高く、コシヒカリよりも食味が良いという結果が出ました。まるで瓢箪から駒。これには驚きましたね」
「暑さに強いコシヒカリを開発してほしい」という生産者の願いを叶えた「富富富」は、さらに「おいしさ」ももたらしたのです。
思わず笑みがこぼれる「富富富」のおいしさとは?
富山の水、富山の大地、富山の人が育てた富山づくしのお米として、その名が付けられた「富富富」は、現在、富山県の小中学校の給食にも取り入れられています。また、県内はもちろん、県外のアンテナショップや百貨店などでも販売され、お米離れが進んでいると言われる若い世代からも「おいしい」と評判です。実際に、村田さんのお子さんたちも「富富富」が大好きなのだとか。自ら開発したお米の広がりを見るたびに、「研究者としての誇りを感じる」と、村田さんは話します。
では、その人気のおいしさとは、どのようなものなのでしょうか?
村田さん:
「このお米の特徴は、噛みごたえの良いしっかりとした粒立ちと、あっさりとした甘味ですね。
まず粒立ちの良さは、デンプンが米粒に隙間なく詰まっていることの証です。そのため炊き上がりが水っぽくならず、また、時間を置いても適度な水分量が保持されるため味が変化しません。『冷めてもおいしい』のはこのためです。
さらに、デンプンのおかげで、噛めば噛むほど甘味と旨みが広がります。どんな料理にも合わせやすいですが、特に富山県の海産物を使った寿司やおにぎりがおすすめです」
以前、某コンビニエンスストアが各地のお米を使用した「ご当地おにぎり」を販売した際、「富富富」のおにぎりが圧倒的な人気を誇ったのだとか。この事実こそが、「富富富」のおいしさを裏付けていますね。
広がり続ける「富富富」のこれから

生産者からも、「安心して栽培することができ、収穫量も安定している」と評価を受けている「富富富」。誕生当初、500ヘクタールだった栽培面積は、今では2800ヘクタールにまで拡大しています。富山県のコシヒカリの栽培面積が約2万5000ヘクタールであることを考えると、すでに全体の1割を占めるまでに。さらに2028年までには、その面積を1万ヘクタールまで拡大することをめざしています。
一方、村田さん率いる開発チームが発見した「イネ高温登熟性遺伝子Apq1」は、稲の高温障害に悩む他県の研究者や生産者からの要望も絶えず、すでに多くの地域の特産米と交配が進んでいるそうです。
村田さん:
「とはいえ、私は決して現状に満足しているわけではないんです。研究者としては、進行し続ける気象変動になんとか対応しなければ、という思いの方が強いですね。人間の力では、暑さをどうすることもできません。ただ、この状況に打ち勝つ稲を開発することが、私の役割だと思っています。
今後も起こり得る気象変動に合わせ、新たな病気や害虫にも対抗できる品種を開発し続ける。ここで歩みを止めるわけにはいかないですね」
微笑みながらも力強くそう語る村田さんに、最後に「富富富」への思いをお聞きしました。
村田さん:
「30年以上にわたる稲の遺伝子研究の成果を、ようやく皆さんの食卓にお届けできたことは、この上ない喜びです。
『富富富』は、食べた方を“ふふふ”と笑顔にしてくれるお米。一人でも多くの方に、そんな幸せな瞬間を感じていただけたら嬉しいですね。特に、これからの時代を担う子どもたちにこそ食べてもらいたい。それが私の願いです」
「富富富」の開発者・村田和優さんに取材してみて
富山県が誇るブランド米「富富富」は、生産者の願いに応えたいという気持ちから、長年の研究と情熱を重ねて生まれたお米です。その実りは、これからの農業に希望の光をともすと同時に、食べた人の心にもやさしい幸せを届けてくれます。きっと、皆さんの食卓にも“ふふふ”と笑顔が広がることでしょう。
取材・執筆: 福島和加子
ソラミドごはんでお取扱中の「富富富」


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