福井の里山を守る米作りが、日本の農業を変える
田んぼの天使
水を湛えた田んぼから、自然の生態系を呼び戻したい。また次世代の子どもたちに安全・安心なお米を届けたい。そんな想いを込めて、平成4年に農薬、化学肥料を全く使わない『田んぼの天使』は誕生しました。安全・安心を徹底した独自の農法は、有機JAS認証を取得済み。栽培には、酵母菌や乳酸菌、有害な物質を分解してくれる光合成細菌などの有用微生物(EM菌)を使用しているのが大きな特徴で、水田とその周囲の水や土を浄化してくれる作用があります。自然にもやさしい農法にこだわり抜き、地元、ひいては日本の農業の未来をも見据えてお米を作っています。
田んぼの天使さんの商品一覧
福井の里山を守る米作りが、日本の農業を変える
『田んぼの天使』生産者・井上高宏さん
農薬と化学肥料をいっさい使わず、里山から清らかに流れる福井県の山水で育ったお米『田んぼの天使』。お米の香ばしいかおりがふんわりと広がり、口に入れればもっちりとした食感とさわやかな甘みを楽しむことができます。冷めてもおいしく、おにぎりにもぴったりのお米です。
安全・安心を徹底した独自の農法は、有機JAS認証を取得済み。栽培には、酵母菌や乳酸菌、有害な物質を分解してくれる光合成細菌などの有用微生物(EM菌)を使用しているのが大きな特徴で、水田とその周囲の水や土を浄化してくれる作用があります。
身体にも、心にも、そして地球にもやさしいお米を届けたい。田んぼの天使には、そんな想いが込められているのです。
今回は、ソラミドごはんでお取り扱い中の『田んぼの天使』の生産者であり、株式会社田んぼの天使の代表・井上高宏さんにお米作りを始めた経緯と、田んぼの天使に込めるこだわりや想いを聞きました。
身体にも、自然にもやさしい米作り
『田んぼの天使』誕生のきっかけは、30年以上前、まだ井上さんが幼かったころに、井上さんのお母さまが始めた取り組みでした。
もともと農家ではなかった井上さんご一家ですが、ご自宅が持つ7反ほどの田んぼで、自分たちが食べるお米を作っていたのだそう。
お母さまは食品メーカーで研究開発職をされたキャリアを持ち、専門はアミノ酸や微生物の研究。ご結婚を機に地元福井へ戻られ、「生まれ育った地で自分のスキルを活かしたい」「これからは身体にも自然にもやさしいお米が求められていくのでは」という想いから、微生物の力を借りた有機栽培に取り組んできました。
そして、環境浄化にも役立つ農法を地域に広げるべく、地元の農家さんを巻き込みながら『田んぼの天使』の栽培方法を確立。もともとは家族でコツコツと、自分たちのために行なっていた米作り。それが、お母さまの先見の明とエネルギーによって、いつしか地域を巻き込んだプロジェクトへと変化していったのです。 「まだ僕も幼かったので、詳しいことはわかっていませんでしたが、母が毎日農家さんのところを飛びまわって、米作りに勤しんでいる姿を誇らしく思っていました。そのころから、僕にとっても米作りは身近な存在になっていましたね」
自分の身体と頭を動かして生きていきたい
では、井上さんご自身がお米作りの世界に入った経緯は、どのようなものだったのでしょう。
大学進学を機に、福井を出て学生生活を過ごされたという井上さん。一度県外に出てみたことで、「自分の家のお米は、ものすごいこだわりが込められたものなのでは」と自覚するようになったといいます。また、大人になったことで気付かされた、地元農業の実状もありました。
「母の周囲に仲間が増えて、田んぼの天使を作ってくださる農家さんも増えていたのですが、米作りの世界では高齢化が激しくて。さらには、農業で使う機械がどんどん高額になり、米作りを続けることを諦めてしまう人が多いと知ったんです。このまま若い担い手が増えていかなければ、いつかは米を作る人がいなくなってしまうんじゃないかと不安になりました」
地元の米作りに対し、漠然と危機感を抱いたまま学生生活を終え、一度は福井市内の企業に就職。経理の仕事を担当されました。しかし、学生時代にサッカーや陸上競技、ストリートダンスなどさまざまなスポーツを経験し、とにかく身体を動かすことが好きだったという井上さんは、「もっと自分の身体を使って仕事をしたい」と考えるようになります。
「経理の仕事は決して嫌いではなかったのですが、一日中座って仕事をする生活がどうしても合わなくて。このままでは、自分らしさが死んでしまうのではと思ったんですよね。僕は、結構何でもクリエイティブに挑戦してみたいタイプというのもあって。身体と頭をフルに使って自分らしく生きていくには、以前から身近だった米作りがいいんじゃないかと。それで、2年半ほど働いた会社を辞めることにしました」
子どものころからお母さまのお米作りを見てきた井上さん。お米作りのおおまかな流れは理解していたものの、専業農家としてやっていくためのノウハウは、これから身に着けなければなりません。そこで、福井県の農林総合事務所へ行き、就農について相談することに。
そこで紹介されたのが、福井県内の大規模農家。井上さんは、研修生として経験を積むことを決めます。
「面接では、今思うとすごく生意気なことを言いまして……(笑)。はやく独立したいという考えがあったので、『1年で辞めるつもりですが、雇ってください』と言ったんですよね。でも社長は、その姿勢というか、勢いを気に入ってくださったみたいで。『とにかくやってみろ』と、試用期間もなく、いきなり正社員として雇ってくださいました。そこから約1年間、米作りや農業経営のいろはを学びました」
修行先の大規模農家さんを卒業後は、これから自分の力でお米作りをしていくために、地元の農家さんをまわって話を聞いていったそう。そこで出会ったのが、跡継ぎを探している高齢の農家さんでした。そして、5年後の引き継ぎを目指してその農家さんのもとへ通うことが決まった矢先……最初のシーズンの稲刈り時期に、農家さんが急逝。突然のことに戸惑いもありましたが、もともと跡を継ぐつもりだった井上さんは、すぐに継がせてもらうことを決意しました。
「言ったからには、もう後には引けない。継ぐことを決めてから、お金の工面だったり、ご遺族と土地や機械の譲渡について相談を進めました」
いよいよ、井上さんの『田んぼの天使』作りがスタートしました。
微生物の力を借りて生まれる、安心・安全なお米
お母さまの代から形づくられてきた独自の有機農法で作られる『田んぼの天使』は、農薬と化学肥料を一切使用せず、水のきれいな里山の環境で育つそうですが、具体的に、どんな点が肝になっているのでしょうか。
「大きな特徴は、自家製のぼかし肥料(有機質原料を微生物によって分解、発酵させた肥料)を使用していることですね。原料の仕入れからブレンドまで、すべて自分たちで行なっています。原料は米ぬかと魚粉、くん炭(籾殻を燃やしたもの)、それと、福井市のお醤油屋さんからいただいている醤油粕。これらに、酵母菌や乳酸菌、光合成細菌などの“EM菌”を混ぜることで、発酵を促進していきます。この自家製ぼかし肥料を使うことで、保水性の高い、もっちりとしたおいしいお米になるんです」
また、持続可能な農法の実現に向けて、除草をせずにお米を作るといった目標もあるのだとか。
除草剤を使用しない自然農法の場合、次々と生えてくる雑草を取り除くにはものすごい労力と時間がかかります。この大変な作業は生産性にも大きな影響を与え、お米作りを長く続けていくことへの高い壁となってしまうことも。
そこで『田んぼの天使』の栽培では、“雑草が根付きにくい土作り”を行い、除草の手間を抑える方法をとることにしました。
「米の収穫後である秋の間に、田植え前の田んぼへとEM菌を流すことで、土の表層で微生物が活発に動くようになり、雑草が根付きにくくなります。物理的な除草ではなく、土の特性を活かした除草が可能になるんです。通常、米作りでは春の田植えと同時に肥料を入れる農家さんが多いですが、僕たちは秋のうちにあらかじめ入れておくことで、その後田植えまでの期間にじっくりと理想の土が作れるようにもなります」
中山間地域での米作りを、もっと元気に
EM菌を活用したぼかし肥料の作成や、除草方法については、お母さまの代から試行錯誤が重ねられ、取り組まれてきたこと。そして現在井上さんは、それらの技術を大切に受け継ぎながら、農業の未来へとつながる活動にも挑戦されています。
農業が、若い世代も活躍できる魅力ある産業になっていくように。そして、お米という、日本の大切な食文化が守られていくように。
そのカギとなるのは、“中山間地域”の課題を解決していくこと。
「田んぼの天使は、福井の里山に囲まれた中山間地域で作られています。山の多い日本には同じような中山間地域が多いのですが、近年、この土地がどんどん活用されなくなってきているんです。要因のひとつは、農業の市場で、大規模経営が前提になっていること。広大な平野部で行われる大規模農業と、中山間の限られたスペースで行われる農業とでは、損益分岐点もぜんぜん違ってくる。にもかかわらず、市場価格が一律になってしまっていることから、中山間地域での農業はかなり不利だとされています」
中山間地域の課題は、学生時代に井上さんが気付かされたという担い手不足の問題に直結することでもあります。以前から抱き続けてきた危機感へと、本格的に立ち向かうときがやってきました。
「農業の大規模経営化は欧米の影響が大きく、日本に合うやり方をもっと考えていく必要がある。不利とされがちな中山間地域ですが、きれいな水や昼夜の寒暖差など、米作りで有利なこともあります。中山間地域でしっかりとお米を作れることを僕たちが体現できれば、日本各地の自然や、人々のくらしを守ることにもつながっていきます」
中山間地域の農業が、人々のくらしを守ることにもつながる。いったい、どういうことなのしょうか?
「中山間地域では高齢化や過疎化が進んでいますが、農業がさかんになればそれを食い止めることができる。それは、里山での人々のくらしがふたたび根付いていくことでもあるので、最近問題になっている都市部での獣害も減っていくと考えられます。『田んぼの天使』のように環境にやさしい米作りが広がれば、土や水など、直接的な環境の改善にもつながる。やっぱり田舎では、農業がくらしと結びつく点も多い。切っても切れない関係性だと思うんですよね」
井上さんは現在、地元の中山間地域の集落で、地域の人たちを巻き込みながら、しばらく活用されていなかった田んぼを復活させる活動などもされています。自治体との協力や、地域とのコミュニケーションの地道な積み重ねによって、その土地で暮らす人々が、周囲の自然環境や農地を守ることの大切さについて、自分ごととして考える流れも生まれているようです。
「『井上さんのところで米作り体験をしてから、子どもがごはんばっかり食べたいって言うんや』なんてことを聞かせてもらったりもして。うれしいですね。貴重な若い世代にも、少しずつですが農業と生活のつながりに興味を持ってもらえるようになってきたと感じています」
お米は、毎日食べるものだから
おいしいことは、大前提。身体にも、自然にもやさしい農法にこだわり抜き、地元、ひいては日本の農業の未来をも見据えてお米を作る井上さん。
その裏には、並々ならぬ苦労もあるはずですが、どうしてそこまでエネルギーをもって取り組むことができるのでしょうか。
「僕がお米作りをやっていて感じる喜びが、ふたつあって。ひとつは、自分の頑張りに、お米は必ず応えてくれること。お米は生き物だから、手をかけてやればやるほど応えてくれるんですよね。もうひとつは、お客さんからの『おいしかったよ』という言葉。シンプルだけれど、このふたつの喜びがあるから、米作りを続けられるんです。自然のなかで自分の身体と頭を動かし、思い描く未来に向かって熱中することが、僕にとっての自然体なんだな、と」
目の前の仕事がどんなに大変でも、「いいものを作りたい」という想いを忘れなければ、お米も、お客さんも、自分の頑張りを評価してくれる。
さらには、自然環境に配慮したお米作りをしているおかげで感じられる変化もあるのだそう。
「これまで、有機農法を始めた田んぼにコウノトリが頻繁に来てくれたり、ホタルやメダカが増えたり、といったことがありました。そうやって成果を実感できることに、すごくやりがいを感じています」
現在、『田んぼの天使』として販売されているお米はコシヒカリですが(『田んぼの天使』は商品名で、株式会社田んぼの天使が定める農法で作られる有機米にその名を使うことができる)、今後は福井県が誇る「いちほまれ」といった品種のお米でも栽培にチャレンジしていけたらと考えているそう。まだまだ、挑戦は止まりません。
「僕のなかで、お米はあくまでも毎日食べるもの。食事全体のレベルを上げるためのベースになるものだと思うんです。だから僕の場合は、主張しすぎないやさしい甘みだったり、毎日食べても飽きが来ない味を大切にしたい。これから『田んぼの天使』がみなさんにとって、毎日食べ続けられるおいしいお米の代表的な存在になっていってくれたらうれしいですね」
お米は、毎日食べるもの。日常に溶け込んでいるからこそ、消費する側に立つとついつい深く目を向けることを忘れてしまったりもします。でも、井上さんのように、私たちの身体を想った農法にこだわり、さらには日本の未来にもつながるお米作りへと、全力を注いでいる人がいます。
そんな井上さんのことを想いながら『田んぼの天使』を味わえば、一粒一粒が宝物のように感じられてくるはず。
「食べることは、当たり前のこと。でも、ふとしたときに『お米がおいしい』と感じられることは、生きていくうえですごく励みになることでもあると思うんです。
さらに、僕たちのこだわりや想いを頭の片隅に置いていただくことによって、『こんなことを考えて米を作っている人がいるんだな』と、励みに感じてもらえたらありがたいですね」
取材・執筆:笹沼杏佳
編集:貝津美里
写真:田んぼの天使提供