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豪雪が育む雪解け水と、地域とともに未来をひらく米づくり

ひらくの里ファーム

新潟県南魚沼市

新潟県南魚沼市五十沢(いかざわ)地区。金城山の麓に広がる豪雪地帯で、豊富な雪解け水と昼夜の寒暖差を活かした米づくりに取り組んでいます。「地域の未来を切り拓く」を理念に掲げ、南魚沼の農業を次世代へつなぐことを目指しています。

“継ぐ”を超えて、農業を“選び直す”。
地域の未来を切り拓く『ひらくの里ふぁーむ』代表・青木拓也さん

新潟県南魚沼市五十沢(いかざわ)地区。金城山の麓に、青い大きな看板を掲げる「ひらくの里ふぁーむ」があります。豪雪地帯として知られるこの地域は、豊富な雪解け水と中山間地特有の昼夜の寒暖差に恵まれ、おいしいお米を育てるのに最適な環境です。

2017年に設立された農業法人「ひらくの里ふぁーむ」は、「地域の未来を切り拓く」という理念を掲げ、お米を中心とした農産物を生産しています。ライスセンターや精米所も構え、生産から乾燥・調整、精米まで一貫して行う体制を整えてきました。

品質や食味へのこだわりはもちろんのこと、「どのように育てているのか」というストーリーも届けたい。そんな思いを胸に、地域とともに歩んでいます。

代表を務める青木拓也さんは、ご実家が兼業農家を営んでいたのものの、当初まったく継ぐつもりがなかったそう。そんな青木さんに、農業を“選び直した”背景と、お米づくりに対する想いを伺いました。

豪雪地帯・南魚沼で育つ、もっちりとしたコシヒカリ

ひらくの里ふぁーむがある南魚沼市は、日本有数の米どころ。冬には大量の雪が降り積もり、春にはその雪がゆっくりと溶け出し、田んぼを潤します。

「この地域は、高温障害を受けにくい環境なんです。昼夜の寒暖差がしっかりあって、土壌も適度に肥沃。タンパク質が抑えられて、もっちりとした食味のお米が育ちます」

ひらくの里ふぁーむのコシヒカリは、農林水産省のガイドラインに沿い、農薬の使用回数と化学肥料の窒素成分量を50%以下に抑えた特別栽培米。安全性とおいしさの両立を目指し、通常栽培以上に手間と時間をかけて育てています。

「プロ農家として安全な食品をつくるのは当然。そのうえで、食卓に笑顔を届けられるかどうかも大事にしています」

効率や結果だけを追うのではなく、「何を目標にするのか」「どんなプロセスを歩むのか」を常に問い続ける。それが、ひらくの里ふぁーむの姿勢です。

“農家になるつもりはなかった”青年が、地元に戻るまで

そんな青木さんですが、もともと「農家になるつもりはなかった」と振り返ります。

ご実家は、お祖父様が営む小さな兼業農家。いわゆる“三ちゃん農家”として、平日は別のお仕事をしながら主に土日に手を動かすかたちで続いてきた農業でした。

「将来的に継いでほしい、という話も特になかったですし、自分自身も農業に強い関心があったわけではありませんでした」

進学先に選んだのは東京農業大学。しかし理由は農業そのものではなく、海外の飢餓や貧困、食料問題への関心からでした。

大学時代にはタイやバングラデシュを訪問。有機農業の現場でボランティアを経験します。

「海外で日本の農業について聞かれたとき、ほとんど答えられなかったんです。それがすごく恥ずかしくて」

さらに東日本大震災が大きな転機となりました。東京で一人暮らしをしていた青木さんのもとに、お祖父様から届いたのはお米。

「“とりあえず米があれば大丈夫だろ”って。本当にありがたかった。食べ物がある安心感って、こんなに大きいんだと実感しました」

そのとき初めて、ご家族が続けてきた農業の重みを自分ごととして捉えたといいます。

地域とともに続けるために、法人化という選択を

大学卒業後、地元へUターン。約2年間、近隣の大規模法人で基礎から農業を学びました。

「朝4時半に起きて自分の田んぼを見て、日中は研修先で働いて、帰ってまた田んぼを見る。ずっと外にいましたけど、楽しかったですね」

個人農家としてスタートし、少しずつ規模を拡大。しかし周囲では高齢化が進み、農業をやめる人が後を絶ちませんでした。

「このままでは地域の田んぼが守れなくなる。そう感じました」

何度も話し合いを重ね、地主や担い手ら15人ほどが出資し、2017年に法人化。地域に残されていく田んぼを維持し、南魚沼の農業を未来につなぐための組織として、ひらくの里ふぁーむは誕生しました。

設立当初は8ヘクタールほどだった面積も、現在は約40ヘクタールに拡大。ライスセンターの設立や作業受託にも取り組み、経営基盤を固めてきました。

「“農業は儲からない”というイメージを変えたい。そのためには、きちんと利益を出し、働く人に還元できる仕組みが必要です」

現在は正社員5人を中心とした体制で、日曜は必ず休み、繁忙期以外は土曜日や祝日も休めるよう調整しています。年間105日以上の休日を確保し、利益が出た年にはボーナスや社員旅行も実施。

「一人だったら『土日もやればいいか』で済みます。でも、組織として続けるなら働き方も整えなければいけない。それが経営だと思っています」

情報に振り回されないために、伝え続ける

近年、お米をめぐる報道やSNSでの情報が過熱するなか、青木さんは強い危機感も抱いています。

「誇張された情報が広がることで、不安だけが強調されてしまうこともある。作っている側としては、毎年ちゃんと作っているんですけどね」

だからこそ、生産者として正しい情報を伝えていきたいと語ります。

「安さを最優先にする生活と、少し高くても生産者とつながる生活。どちらが正しいとは言えませんが、消費者のみなさんにもぜひ、選ぶ基準を持ってほしいと思います」

もともと飢餓や貧困に関心を持っていた青木さんにとって、主食であるお米が不安定になる社会は望ましいものではありません。

「余るくらい作れる体制を維持することが大事。そのためには人材への投資も必要です。農業を誇れる仕事にしたいし、働く人にも誇りを持ってほしい」

農業は、“選び直せる”仕事

「大学まで出たのに農業?」と言われることもある、と青木さんは笑います。

「でも、大学まで行ったからこそ農業をやる意味があると思っています」

地元を離れ、世界を見て、迷い、問い直したうえで戻ると決めた。そのプロセスが、いまの覚悟につながっています。

農業は、ただ“継ぐ”ものではない。
自分の意思で“選び直す”ことができる仕事。

ひらくの里ふぁーむが掲げる「地域の未来を切り拓く」という言葉には、土地を守るという意味だけでなく、農業のあり方そのものを更新していく意志が込められています。

作り手の選択は、同時に、受け手である私たちへの問いかけでもあります。

何を基準に食を選ぶのか。
どんな農業を未来に残したいのか。

その一つひとつの選択が、南魚沼の田んぼの風景を、そして日本の農業のかたちを、少しずつ形づくっていくのかもしれません。

取材:貝津美里
執筆:笹沼杏佳
写真提供:ひらくの里ファーム